音楽著作権問題で選手に戸惑いも 競技に集中するために必要なこととは? 許諾申請を経験した佐々木晴也さんに聞く

佐々木晴也さん

 フィギュアスケートに使用される音楽の著作権を巡り、日本スケート連盟が強化選手に対して出した通達が波紋を広げています。その内容は、音楽使用の権利許諾を得ることの徹底を求めるものですが、個人で手続きをするには煩雑で負担が大きいとの指摘もあります。
 プロスケーターで、自ら著作権の許諾申請手続きをした経験があるという佐々木晴也さんは「フィギュアスケートにとって、音楽は『生命線』と言えるほど大切なもの」だと言います。選手が安心して競技に集中できる環境をつくっていくために必要なこととは?懸念や課題を聞きました。(聞き手 須賀綾子)

選手にとって音楽は「生命線」

全日本フィギュアのエキシビションで演技する佐々木晴也さん=2022年12月、東和薬品ラクタブドーム

 ―フィギュアスケート選手にとって音楽とはどんな存在ですか。
 「フィギュアスケート選手にとって音楽は『生命線』といえるほど大切なものです。自分の個性を光らせたり、良さを引き出してくれたりして、表現したい世界観をお客さまや審査員に伝えることができる。僕は現役時代、来シーズンはどんな曲でのぞむか、イメージを膨らませながら1年ぐらいかけて曲を選んでいました。」
 「現役時代、使用する楽曲の著作権について気になって調べたりしていましたが、許諾申請まではしていませんでした。音楽家の方に申し訳なく思います。選手間でも話題に上ることはなく、そもそも『著作権』があるということを知らなかった選手も多いのではないでしょうか。YouTubeで楽曲利用をする場合は著作権処理が必要といったニュースなどは見聞きしていても、自分たち自身が(著作権問題に)引っかかるとは思っていなかったというのが実状だと思います。」

 ―日本スケート連盟の通達によると、海外選手が音楽の無断使用は権利侵害だとアーティストから訴えられたトラブルもあるとのこと。来季はオリンピックシーズンでもある。このタイミングでの通達をどう捉えている?
 「『来るべき時が来た』と思っています。著作権について適切な処理をすることは、選手が音楽を選ぶ自由を守るためにも、自分の演技が世の中にしっかり届くようにするためにも不可欠なこと、自分たちを守る手段でもあるといえます。」

果たすべき社会的責任とカツカツの活動資金

全日本ジュニア選手権の男子フリーで演技する佐々木晴也さん=2022年11月、山新スイミングアリーナ

 ―自身のnoteで、フィギュアスケートの音楽著作権申請の必要性やマニュアルを公開しています。
 「日本スケート連盟の通達は、個人に著作権処理の対応を委ねていますが、僕の元には選手から『どうやって著作権処理をしたらいいのか分からない』『曲を変えるしかないのか』といった相談や不安の声が寄せられています。どんな選択肢があるのか、選手たちの戸惑いを肌で感じます。」
 「トップレベルにいて、スポンサーや法的なサポートをしてくれる人たちが付いている選手もいますが、問題は個人でなんとかするしかない〝中間層〟です。将来有望と期待されていたり、知名度もそれなりにあったりする若い選手の多くは、演技で音楽を使う以上著作権を守っていくという社会的責任がある一方で、活動資金はカツカツだったり、サポートしてくれる環境もなかったりする。僕も現役時代、そうした状況でした。彼らが一番しんどいはずです。困難な状況は痛いほど理解できます。」
 「僕が実際に体験した権利許諾申請の手続きの手法を公開することで、選手が競技の練習以外に注力しなければならない手間や負担感が少しでも軽減できればと思っています。」

 【佐々木さんが音楽著作権について書いたnote】
 これを読めばマルっと理解!「音楽著作権処理について」
佐々木晴也さん

 ―実際に、許諾申請の手続きをして感じたことは?
 「引退後、アイスショーのエキシビションで使用する楽曲の許諾申請を自分でしたのですが、本当に大変でした。音楽には著作権(作詞作曲者の権利)や著作隣接権(歌手や音源制作元の権利)があり、それぞれについて編曲する場合は『改変』、保存して利用する場合は『複製』といった手続きも必要で、申請先も、日本音楽著作権協会(JASRAC)、レーベル、音楽出版社と権利ごとに分かれています。」
 「ケースバイケースだと思いますが、このときは申請から全ての許諾を得られるまで約1カ月強、費用は10万円ほど掛かりました。金額は、一選手の目線からすると、高いと感じました。申請したのは1曲ですが、競技で使用する楽曲は複数の曲を組み合わせることも珍しくありません。その場合、手続きはもっと煩雑になります。選手が個人で対処するのは『無理』だというのが実感です。」

曲の選択肢が狭まれば、選手の個性が失われかねない

全日本フィギュア選手権の男子SPで演技する佐々木晴也さん=2022年12月、東和薬品ラクタブドーム

 ―日本スケート連盟は通達で、国際スケート連盟(ISU)の提携企業を通じて選手側が権利処理を済ませるよう促している。
 「確かに、提携企業を通じて処理すれば、費用も安く、手続きも楽です。ただ、その企業に登録されている曲が対象なので、選手たちが同じ楽曲を使うリスクが高まることになります。僕の印象ですが、よく聞く“王道”どころの曲が多い印象です。」
 「僕は、フィギュアスケートファンの方たちが、競技を通して知らない曲や新しい曲に出合ったり、感動したりするのも魅力の一つだと思っていますが、そういった機会が減ってしまうのではという懸念を持っています。曲の選択肢が狭まることは、選手の個性が失われることにつながりかねません。」

フィギュアスケート界の正念場、連盟がリーダーシップを

佐々木晴也さん

 ―選手が安心して競技に集中できる環境をつくるために取り組むべきことは
 「この問題にどう対応するか、フィギュアスケート界の正念場だと思っています。フィギュアスケートと密接な関係にある音楽の著作権を守るという社会的責任を果たせなければ、これまで先人の方々が築いてきたフィギュアスケートのイメージダウンにつながる恐れがあります。僕は今回のことは、それくらい大きなことだと思っています。ファンの方を心配させたり、これからフィギュアスケートを始めようとする人が二の足を踏んでしまったりといったことにつながらないことを願います。」
 「僕の会社『ウィズアス』でも相談があればアドバイスなどはしています。ただ、手間や費用を考えると、音楽著作権の許諾申請を事業としていくことは難しい。日本スケート連盟がリーダーシップをとって、方向性を示し、道をつくっていくことが重要ではないかと思います。」
 「一方で、著作権の許諾申請にかかる費用を、選手だけに負担させるというあり方でいいのか、という疑問もわきます。メディアやイベント会社などフィギュアスケートにかかわる業界が一緒にこの問題を考える契機になることを期待しています。」

 【「ウィズアス」の著作権関連の相談受付フォーム】
 https://forms.gle/gyMi6ciz2zNJj1B39

佐々木晴也さんプロフィール

佐々木晴也さん

 ささき・はるや 2003年9月17日生まれ、名古屋市出身。6歳からフィギュアスケートを始め、全日本ジュニア3位入賞、全日本選手権13位など。京都大学経済学部に在籍しながら選手活動を続け、2024年3月に現役を引退後は、フィギュアスケートの発展などを目的とした合同会社「ウィズアス」を24年8月に設立し代表を務めるほか、プロスケーターとしても活動する。7月に行われる高橋大輔さんと増田貴久さん主演の「氷艶 hyoen 2025-鏡紋の夜叉-」にも出演する。


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記者プロフィール

須賀綾子(すが・あやこ) 1997年入社。甲府や新潟、東京都庁担当を経て2009年から文化部でクラシック音楽やバレエを主に担当。最近はピアノに関連したデジタルコンテンツ「クレッシェンド!」の執筆や動画制作にも携わる。