IRいしかわ鉄道「西金沢駅」で電車を降り15分ほど歩くと、住宅街の中にスポーツ施設「健民スポレクプラザ」が見えてくる。スケートリンクが入っているというので大きな建物を想像していたが意外とこぢんまりとして周囲になじんでいる。
スポレクプラザのスケートリンクは石川県内唯一のリンクで、フィギュアスケートのクラブやアイスホッケーのチームの練習拠点となってきた。ところが昨年の夏、線状降水帯が発生し、スポレクプラザは記録的な大雨に見舞われた。リンクの氷をつくる冷凍機が浸水して故障。この冬、リンクは休業を余儀なくされた。
およそ8カ月ぶりとなる今年3月、リンクがリニューアルオープンした。県内での練習場所を失い、再開を待ちわびていたフィギュアスケートクラブ「ノイエス金沢FSC」の選手たちは今、「ホームリンクの安心感」をかみしめている。
ゲートボール場を改修
スポレクプラザは1階に野球やサッカーの練習ができる屋内グラウンド、2階にスケートリンク、3階は鏡張りの多目的ホールがあり、屋内トレーニングなどができるようになっている。訪れた日曜日は、スケートリンクの入場券を求めようと、親子連れが列をなしていた。山海良正館長は「ミラノ・コルティナオリンピックや、フィギュアスケートをテーマにしたアニメ『メダリスト』の影響で、例年よりもたくさんの人に来ていただいています」と顔をほころばせた。
この場所にリンクができたのは2009年。県内の民間リンクが閉鎖された後、県民からの要望を受け、2階にあったゲートボール場をスケートリンクへと改修した。地元の金沢大学などのアイスホッケーチームやフィギュアスケートクラブの選手らがここで練習してきた。
リンクのもう一つの顔は、人気アニメ「ラブライブ! 蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ」の聖地として知られてきたこと。作品の中に登場し、中国や韓国など、国内外からファンが訪れているという。
昨年8月、そんなスポレクプラザを記録的な大雨が襲った。線状降水帯が発生して近くを流れる伏見川が増水。普段であれば、この川に流れ込むはずの雨水が逆流し、スポレクプラザの1階にも水が浸入した。屋外の駐車場に設置されていた冷凍機が浸水し、リンクに氷を張ることができなくなってしまった。
幸い2階のリンクへの影響はなかったが、エレベーターや券売機が一時的に使えなくなり、屋内グラウンドの土にも水が入ったため、営業再開までに1カ月ほどの時間がかかった。
ただ冷凍機は修理のための部品がなく、買い換えることに。もし、再び大雨が発生しても耐えられるよう冷凍機の設置場所をかさ上げするなど、メンテナンスに時間がかかり、今年3月20日、ようやくリニューアルオープンへとこぎ着けた。再開から3日間は入場無料で営業し、貸しスケート靴が全て出払うほど盛況だったという。
羽生結弦さんとの縁
営業再開の知らせを喜び、応答したのが、フィギュアスケートの冬季オリンピック王者でプロスケーターの羽生結弦さんだ。リニューアルを報じるニュース番組の投稿をXの公式アカウントで引用し、「よかった...!」とつづったポストが大きな反響を呼んだ。
羽生さんは、2024年1月に起きた能登半島地震で被害を受けた石川県輪島市などへの訪問を続け、その年の9月にはスポレクプラザのリンクで、プロスケーターの鈴木明子さん、宮原知子さん、無良崇人さんとともに「能登半島復興支援チャリティー演技会」に出演した。その様子をオンライン配信し、収益を自治体に寄付するなど支援活動を続けてきた。
山海館長は「羽生さんがこちらにいらっしゃった時、みんなに気配りしてくださったことを覚えています。今回も心配していただいて大変感謝しています」と語る。
高速バスに乗り週末合宿
ここをホームリンクとしてきた地元のフィギュアスケートクラブ「ノイエス金沢FSC」の選手たちは、スポレクプラザのスケートリンクの再開を心から待ちわびてきた。クラブには3歳から60代の大人スケーターまで25人ほどが所属し、2025年にシニアデビューした三原庸汰選手(金沢学院大学)がクラブを引っ張る「お兄さん的存在」だ。
ノイエスは週2回、スポレクプラザのリンクを貸し切りにして練習している。ただ夏の間はリンクが休業しているため、毎年7~9月は新潟市の「MGC三菱ガス化学アイスアリーナ」の近くのアパートで合宿し、リンクが再開する10月以降にホームリンクに戻る。
それが今シーズンは、例年なら営業が再開する昨年10月以降もリンクは休止のまま。その間、選手たちは学校に通いながら、週末には泊りがけで新潟のリンクに通い、時には平日の放課後にも敦賀(福井)のリンクで練習する生活を余儀なくされた。
「今シーズン、子どもたちは本当によく頑張りました」。高山美由季コーチは振り返る。選手は週末、高速バスで片道4時間以上かけて新潟市に移動し、夏の間と同様に「MGC三菱ガス化学アイスアリーナ」の近くで合宿。小さい子は小学1年生から大学生まで、広いとは言えないアパートで共同生活をしながら、コーチが食事を準備し、選手たちも配膳やゴミ出しといった家事を分担し、夜は「雑魚寝」で眠り、何とか乗り切ってきた。
とはいえ、週末にどれだけ頑張っても、それだけで上達するのは限界があった。高山コーチは「大会で他のクラブの選手を見ると、練習の様子を見ているだけでも上達しているなと分かるんです。ノイエスの選手たちは今シーズンは技術レベルを『キープする』ので精いっぱいでした」と顔を曇らせた。
「日常生活の中で近くのリンクで練習を続けられることがどれだけ大事なのかを今回改めて実感しています」(高山コーチ)
〝短所〟も技術の向上に
スポレクプラザのリンクは約50メートル×約22メートルと、公式大会で使用する国際規格(60メートル×30メートル)よりも一回り小さいサイズだ。
これまではそんなリンクの〝短所〟ですら、技術の向上に生かしてきた。例えば、リンクの距離が短いために「みんな深いカーブを描くのがすごく上手」なのだとか。
「でも今シーズンは、そういう強みにできるはずの部分ですら十分に練習ができず、どこに自信を持って大会に臨めばいいのか、選手たちは悔しい思いをたくさんしたはずです」(高山コーチ)。
インタビュー中、屋内トレーニングをしていた選手たちに「リンクの再開はうれしい?」と高山コーチが問うと、「うれしい!」「リンクが始まった時はうれしくて眠れなかったんだよね」と元気な声が返ってきた。
表現の豊かさが持ち味で、今季シニアデビューした三原庸汰選手も「やっぱりホームリンクは氷になじみがあって安心できます」と表情は明るい。今年の目標は全日本選手権に出場すること。北陸の小さなリンクから大きな舞台を見据えて、鍛錬を続けている。
「選手のみんなはスポレクプラザのスタッフの方々が大好きなんです。氷の状態の調整など、限られた設備の中でさまざまな工夫をしてくださっている。そういう協力があってこそ、ここで練習を続けてこられました」(高山コーチ)
大人ができること
そんなノイエスは今、クラウドファンディング(CF)に挑戦中だ。「移動でも、合宿中の生活費でもとにかくお金がかかる」と高山コーチ。今シーズンは冬季も新潟合宿が続いたため、金銭面での負担が重く、大会参加を控えた選手もいた。10人が遠征して2泊すれば、宿泊費だけで30万円がすぐに飛んでいくことも珍しくない。
さらに3月にようやく再開したリンクは、今年も7月~9月は例年通り営業を休止する予定で、選手たちは新潟合宿をすることになっている。
練習環境は〝ベスト〟とは言えない状況だが、高山コーチは「できないことを数え始めたらキリがなくて。自分たちが持っていないものばかりに目を向けるのではなく、自分たちの良いところを磨き上げよう」と選手たちを励ましてきた。
それでも「子どもたちが頑張っても及ばないところがやっぱりあって…。そういう部分を周りの大人たち、サポートする側が何とか、環境を整えられるよう頑張るべきかなと思っています」。



















