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2026.04.14

『立神杏士郎のショースケーター日記』まもなく連載開始 カリブ海クルーズ船の生活とは?船上スケーターの日常を綴ります

立神杏士郎さん=2026年4月、福岡市(撮影:永久泰地)

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 Deep Edge Plusでは、4月からクルーズ船内のアイスショーで、プロスケーターとしてデビューする立神杏士郎(たてがみ・あんじろう)さんの新連載「立神杏士郎のショースケーター日記」をスタートする。立神さんは、渡航前に「この連載が、日本ではなじみの少ない船上スケーターのことを知るきっかけになってくれれば」と、抱負を語った。

 立神さんは、福岡県出身の22歳。この春からアメリカ・フロリダ州のマイアミに本社がある「ロイヤル・カリビアン・インターナショナル」のクルーズ船に乗り、カリブ海を航行する船内のリンクで、各国から集まったスケーターとともにアイスショーに出演する。連載では、その日々の生活を綴り、「クルーズ船のアイスショーってどんなもの?」「休日にはどう過ごしているの?」といった読者の素朴な疑問にも答えていく予定だ。立神さんは「ショースケーターを目指す後輩たちの参考になる情報も発信したい」と意気込む。

 フィギュアスケートの全九州競技会で演技する立神杏士郎さん=2026年3月、福岡市(撮影:三村舞)

 フィギュアスケート歴は16年。小学1年の時に週1回のスケート教室に通い始めたが、クラブで本格的にフィギュアスケートを習い始めたのは小学6年と遅めだ。練習していた福岡市の「パピオアイスアリーナ(現:オービジョンアイスアリーナ福岡)」がたびたび閉館し、同じ福岡県内とはいえ、遠く離れた飯塚市や久留米市のリンクに通うこともあったという。

 北九州市立大に進学してからは、電車よりも安い高速バスを利用して通学していたので、大学までは片道2時間かかった。さらに、フィギュアスケートにかかる費用をすべて自分で捻出するために、3つの飲食店でのアルバイトを掛け持ちする生活で、学業とスケートの両立には苦労してきた。大学1年でバッジテスト7級に合格したものの、あまりのしんどさに、大学3年の時にはスケートを辞めようかと悩んだ時期もあった。一方で、スケートの全費用を自ら工面するようになったことで「練習一コマ、一コマの重みが変わった」と振り返る。

 引退セレモニーであいさつする立神杏士郎さん=2026年3月、福岡市(撮影:三村舞)

 現役最後のシーズンとなった今シーズンは、昨年10月から大学を休学し、競技に集中。西日本選手権や日本学生氷上選手権(インカレ)などに出場し、今年3月21、22日に福岡市で開かれた「全九州競技会」で引退した。

 大会の最後に行われた引退セレモニーでは、「あんまり順風満帆なスケート人生ではなかったんですけど、ここまで続けてこられて、すごくうれしく思います」と、コーチや家族、チームメイトらへ感謝の言葉を述べた。立神さんは、チームメイトに、この大会で初めて4月からクルーズ船のショースケーターになることを明かし、とても驚かれたと言う。それは、ショースケーターになることが、あまりに急に決まったからだった。

 将来的にインストラクターなどスケートに携わる仕事はしたいとは考えていたものの、全日本選手権に出場していない立神さんには、もっと経験が必要だった。そんな思いからクルーズ船のショースケーターへ最初に挑戦したのは、昨年2月だ。千葉県のリンクで国内オーディションを受けたが、その時はオファーをもらえず、「また1年後にオーディションを受けられたらいいな」くらいに考えていた。

 引退セレモニー後、記念撮影する立神杏士郎さん(中央左)=2026年3月、福岡市(撮影:三村舞)

 行動するきっかけになったのは、「ロイヤル・カリビアン・クルーズ」への就職が昨年秋に決まっていた同郷の江川マリアさんの話を年明けに聞いたことだった。「今年はオーディションはないみたい」。その言葉で目が覚めた。

 「機会があれば…ではダメだ。何か行動しなければ」。急いで担当者に連絡を取り、競技会で演技する動画などを送った。すると、「あなたに似合う役があるかも」と返事があり、1週間後には英語で面接することに。そして、2月の終わり、ショースケーターとして4月から7カ月間クルーズ船で働くことが急きょ決定した。

 そこからがたいへんだった。たくさんの提出書類を英語で整えなければならないだけでなく、船の乗務員という特殊なビザ取得のために、東京のアメリカ大使館で面接を受けなければならなかった。だがその時点で、面接の日程は4月まで予約がいっぱい。毎日キャンセル待ちをチェックして、なんとか面接に行くことができたのは3月11日だ。10日後の全九州競技会までチームメイトに打ち明けられなかったのは、「本当に行けるかも分からず、とても言えない」状況だったからだった。

 抱負を語る立神杏士郎さん=2026年4月、福岡市(撮影:永久泰地)

 「スケートのない生活は考えられない。僕にとっては『人生』そのもの」と言う立神さん。スケートで表現することが大好きで、時間があればリンクで滑っていたいと思うほどだ。ただし、これまでは練習や遠征の費用を稼ぐために、暇があったら「働かなくては」という気持ちに駆られていた。それがこれからは、ショースケーターとして、滑ることで給料をもらう立場に変わる。

 思いがけず実現した生活に「望んでいたあっち側に行けるのはうれしい。家族や周りに恩返ししていけたら」と話す。一人で行くのは初めてとなる海外への渡航や、まだうまく想像できない船上生活には不安もある。「でも今は、お客さんの前で滑れるのが本当に楽しみなんです」。その瞳は希望で輝いていた。

立神杏士郎さん=2026年4月、福岡市(撮影:永久泰地)

立神 杏士郎

 たてがみ・あんじろう ショースケーター。北九州市立大学を現在は休学中。2003年生まれ、福岡県出身。6歳からスケート教室に通い始め、小学6年から本格的にフィギュアスケートを習う。好きなスケーターは羽生結弦さん、チャ・ジュンファン選手。趣味は古着屋巡り、カフェ巡り。

 連載『立神杏士郎のショースケーター日記』は、4月中に第1回をお届けする予定です。ご期待ください。
 立神杏士郎さんに聞いてみたいことは、以下の質問フォームからご応募ください。

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