ニュース

2026.05.13

引退の坂本花織、母親に感謝 反抗期、体重管理、深夜の運転、愛が詰まったコロッケ…

 現役引退の記者会見で涙を拭うフィギュアスケート女子の坂本花織=13日午前、神戸市内のホテル

SNSでシェア

 フィギュアスケート女子で2月のミラノ・コルティナ冬季五輪銀メダルを獲得するなど活躍し、今季限りでの引退を表明している坂本花織(26)=シスメックス=が13日、出身地の神戸市内のホテルで記者会見し、4歳から始まった競技人生を支えてくれた母親への感謝を口にした。

 坂本は「スケートをやりたいって言って、本当にやらせてくれたお母さんには感謝していますし、やっぱり小学生までは県内に通年のリンクがなかったので、大阪まで夏場は通って朝早くから夜、日が変わるまで練習していたので、本当に夜中まで、眠たい中でも運転してくれたりとか。あとは成長期に体重が大きく増えないように、すごい食事管理とかもしてくれてたので、すごく感謝してます」と語った。

 「初めは水泳を週5でやっていたので、そっちの方がメインだったけど、気付けばスケート漬けの毎日になっていた。ノービス、ジュニアまでは成長期もあったり、反抗期もあったりで成績はすごく波があって、むしろいい方が少ないけど、まあここ一番で勝っていくみたいなスタイルだった。ジュニアの頃はなかなか成績が伸びずに、ジャパンジャージーで泣いてることがすごく多かった」と回顧。

 さらに、こんなエピ-ソードも披露してくれた。

 「引退して一番何が食べたいかって言われた時に、お母さんの作るコロッケが食べたいって言ったので、それをお母さんがずっと覚えてくれてて、どうやら(最後の)世界選手権が終わる前に、久々に作るから練習をしてくれてたみたいで。3月31日に帰国して家に送り届けてくれる時に『これコロッケ』って渡してくれたので、それが結構一番最初に来たご褒美だったので、もうその日中に食べました」

 「なかなか食べる機会がなかったっていうのと、やっぱり食事のサポートしてもらった上で、脂っこいものを控えるようにとアドバイスをいただいたので、なるべく食べないようにはしていて、でもやっぱりお母さんが作るコロッケっていうのは特別で。自分が6年間一人暮らしをしていて、そこで揚げ物をすることが全然なくて、油の処理も面倒くさいし、何もかも面倒くさいと思ったら、食べる機会がどんどんなくなっていって…。かといって特別にお母さんからもらうっていう機会もなかったので、お母さんと離れてから食べる機会がなくて、やっぱり食べたいものっていったらそれやなって思って、それにしました」

井上 将志

この記事を書いた人

井上 将志 (いのうえ・まさし)

2003年共同通信入社。名古屋でプロ野球中日、フィギュアスケート、本社運動部でフィギュア、体操、東京五輪組織委員会を中心に担当。五輪は10年バンクーバーから夏冬計7大会を取材した。ジュネーブ支局時代は欧州を中心に世界各地をカバー。東京都出身。

あわせて読みたい

ピックアップ