連載

2026.02.05

戦時下のウクライナ代表は、なぜオリンピックをあきらめなかったのか スケート場はミサイルで破壊され、資金をクラウドファンディング

フィギュアスケートの欧州選手権に出場したキリロ・マルサク=1月15日、英中部シェフィールド(ゲッティ=共同)(47NEWS)

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 ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから、2月で丸4年を迎える。ウクライナ各地ではロシアのミサイル攻撃により民間人の死傷者が絶えず、米国が仲介する和平交渉も先行きが見通せない。そんな中、まもなく開幕するミラノ・コルティナ冬季オリンピックには、ウクライナからも多数の選手が参加する。

 フィギュアスケート男子にウクライナ代表として出場するキリロ・マルサク(21)もその一人。故郷のスケートリンクはミサイルで破壊され、大会出場のための資金をクラウドファンディングで集めることもあった。さまざまな苦節を経て、初の大舞台に挑む。五輪出場に向けて何が原動力となったのか。練習拠点のフィンランドで話を聞いた。(共同通信=崎勘太郎)

信じられなかった侵攻

フィギュアスケートの欧州選手権に出場したキリロ・マルサク=1月17日、英中部シェフィールド(ゲッティ=共同)(47NEWS)

 ―ロシアの侵攻は2022年2月24日に始まり、今も続いています。

 「最初の日は家族みんなで首都キーウの自宅にいた。侵攻が起きると信じていなかったし、備えもなかった。親が大声で話しているのを聞いて起きた。『戦争が始まった』と言っていた。理解できず、信じられなかった。当時はとても危険で、3週間自宅から出られなかった」

 ―その後ポーランドやラトビアを転々とし、現在のコーチとその夫のフィギュアスケート選手の招待で2022年6月にフィンランドに移ったということですね。

 「フィンランドでの3年半で大きく成長できた。コーチらのおかげだ。フィンランドに来た当初、資金面を含めて多くの支援をしてくれた。侵攻が始まった頃は、ウクライナのフィギュアスケート連盟から大会出場費用を支払ってもらうことはできなかった。コーチは私のためにクラウドファンディングも始めてくれた。もしここに招かれなかったら、資金援助がないせいで選手としても競技人生は終わっていたと思う」

コーチ(右)から指導を受けるキリロ・マルサク=2025年12月、フィンランド南部ラウカー(共同)

 ―家族と離れ離れの生活が続きます。

 「家族とはなるべくたくさん連絡を取るようにしている。父(50)は南部の前線で兵士として戦っているので毎日は難しいが、それでもよくやりとりをしている。いつも応援してくれて、気持ちの支えになっている」

 「家族と最後に会ったのは昨年4月にキーウで行われたウクライナ選手権のとき。父も2週間の休暇を取って前線を離れることができた」

 ―戦争が始まって4年近くになります。故郷のウクライナ南部ヘルソンはロシアとの戦闘の前線に近いですが、今はどのような状況でしょうか。

 「ロシアは街を無差別に攻撃している。4歳の頃にフィギュアスケートを始めたスケートリンクに約2年前、ミサイルが落ちた。当時はオープンしたばかりで、両親が6歳上の姉と私を連れて行ってくれた場所だ。通っていた学校も完全に破壊された。大人になる前の時間の大半を過ごした場所だから、当然残念で怒りを覚えた。全てに意味があるが、一瞬で消えてしまった。街には祖父母らがまだ残っている」

戦争終わらないうちに出場を認めてはいけない

取材に応じるキリロ・マルサク=2025年12月、フィンランド南部ラウカー(共同)

 ―今回の五輪にはロシアやベラルーシの選手が個人資格の中立選手(AIN)として参加が認められました。侵攻を積極的に支持していないことなどが条件ですが、どう思いますか。

 「私は否定的だ。彼らが戦争を支持しているということを示す『ファクト』はたくさんあり、インターネットで検索すれば見つけられる。調査はもっと深掘りしてやるべきだった。まだ戦争が終わらないうちは、ロシアやベラルーシの選手の出場を認めてはいけないと思う」

 ―昨年12月には国際オリンピック委員会(IOC)が、ロシアの若手選手がユース大会に出場する制限を撤廃すべきだとする新方針を発表しました。

 「戦争に関して自分の意見を持っていない子どもたちもいるかもしれない。だが彼らには戦争を支持している親やコーチがいて、彼らの思考に影響を与えている。子どもたちも、親から聞いた話を自分の立場として語ったり、メディアに不正確な情報を話したり、戦争を正当化したりする可能性があるといつも思っているからだ。私には絶対受け入れられない」

自分にも“前線”がある

フィギュアスケートのオリンピックテスト大会で演技するウクライナのキリロ・マルサク=2025年2月19日、ミラノ(共同)

 ―ウクライナのニュースはよく見ますか。

 「ほぼ毎日見るようにしている。だが残念ながら良いニュースはほとんどない。それでもニュースを見ているのは、何か良いニュースに触れたいという希望があるから」

 ―精神的な治療を受けているというニュースもありました。

 「今も受けている。父が毎日命の危険にあり、家やリンクが破壊され、家族は離れ離れになってしまった。一方で私はスケートを続けることができている。受け入れたり、考えたりすることがとてもつらかった」

フィンランド南部ラウカーで練習に臨むキリロ・マルサク=2025年12月(共同)

 ―同世代では兵士になった人もいるということですね。

 「侵攻が始まった当初は良心の呵責のようなものがあった。前線に行って国を守らなければならないという考えがあった。だが今は自分にも“前線”があると考えている。競技の結果で国の誰かに希望のようなものを与えたり、前向きな感情を与えたりできる。ヘルソンにいる祖父母のもとに知らない人が来て『あなたがたの子どもが私たちを元気づけてくれている』と言われるのだという。もっと成長してだれかを元気づけたい。その思いが競技を続ける原動力になっている」

 ―オリンピックでの目標は何ですか。

 「目標を立てるのは好きではない。緊張したりストレスになったりするからだ。最大限のことをやって、行けるところまで行けるよう努力する」

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