フィギュアスケートを題材にした、大ヒット漫画『メダリスト』の作者つるまいかださんのインタビュー。シニア、ジュニアではなく、年少クラスのノービスから始まる物語は、コーチと子ども、親と子といった習い事の世界における子どもと大人の関係性も重要なもう一つのテーマに据えているといいます。その真意とは?
昨年2~3月に公開したインタビュー【上】【中】【下】を1月21日から1日1回ずつ無料で再公開いたします。この記事は、3回続きの【中】です。
「難しそう」から始まった採点競技の面白さ テレビアニメ「メダリスト」の原作者に聞いたフィギュアスケートの魅力【上】
「子どもたちの心身をどうやって守れるのか考え、取り組んでいる方ばかりだった」
―物語は、オリンピックのメダリストになるために挑戦を続ける、結束(ゆいつか)いのりと明浦路司(あけうらじ・つかさ)が主人公で、子どもと大人の関係を軸に進んでいく。フィギュアスケートのクラブを取材を重ねる中で、大人と子どもの関係性を重視するようになった。
「取材でお世話になったスケートに携わる方々は、子どもたちの心身をどうやって守れるのか考え、取り組んでいる方ばかりでした。その感動を物語に入れたいな、と思って。フィギュアスケートというスポーツの題材と同じぐらい、その関係を重視するようになりました」
「スケートを習う生徒と、教えるコーチとの関係、子どもと親の関係。フィギュアスケートに限りませんが、習い事の世界には、大人と子どものコミュニケーションに対峙し続けなければならない難しさがあります。大人と子どもが一緒になって何かを高めようとした時、どうやって進んでいこうかという悩みがどこのクラブにもあり、真剣に試行錯誤されていました」
「ピアノのおけいこなどもそうかもしれませんが、小さな頃からずっと続ける習い事って、子どものモチベーションをどうやって維持できるか、難しい面もあります。一方保護者の側にも、子どもに習い事以外の遊びをさせなくてもいいのかという葛藤もあります」
「子供に『特別な何かになるために頑張れ』って言う家族は、取材させていただいた限りではあまりいないなと感じました。子どもが自分でやりたいと言い出したスポーツをどうしたら本人が納得できる形で続けながら、素晴らしいものになるだろうかと、支えるご家族側も考えているのだと思います」
「日本のフィギュアスケートのレベルは本当に高い。自分の子どものすぐ隣に、将来世界の頂点になるレベルの人がいるかもしれない。あるいは自分の子ども自身がそうかもしれない。でも誰だってすぐには上達しない中で、どうしたら楽しむ気持ちを忘れず、人生を振り返った時、大切な時間を費やしたことに誇りを持てるスポーツとして続けていけるか。保護者の方々はそういうことにも悩みながら、お子さんを応援しているように感じました」
いのりと司が築く対等な関係…「理想の大人像を司に求めている」
―司は指導者でありながら、泣き出したり、あたふたしたり…。一方、重要な場面で冷静になり、いのりが心を落ち着けられるような声かけもする。いのりと司が、同じ夢を追うパートナーのような対等な関係を築いていく姿は印象的だ。スポーツ漫画というジャンルをアップデートさせているようにも映る。
「先生たちはみんな一人一人と対話をしようと努力しています。私はどうしたらいのりが萎縮しないでいられるかっていうことを考えて、理想の大人像を司に求めている感じです。実際に司みたいなそそっかしい先生に出会ったことはないですけど(笑)。」
「物語の役目として、理想的な大人として描きたいところだけど、司も主人公なので、ちょっと面白くないといけない。ちょっと落ちつきなよ!、みたいな困った部分もある性格にして、『本当に理想の大人か??』と疑ってしまうような隙がある、これから読者の皆さんに見守られながら成長していくキャラクターにしたいと思いました。」
「読者の皆さんが本質的な部分で司のような『大人の立場の主人公』を支持してくれるとうれしいなって思っています。私も大人だけど、大人になりきれない部分っていうのはいっぱいある。この作品に触れてくれた子どもが大人になった時、子どもの頃に戻りたいと思うんじゃなくて、司のような大人になりたいって思えるような主人公を描きたいです」
「ただ、私がその正解を知っているわけではないので、悩みながら描いています。編集さんたちと一緒に司はどうしたら子どもたちを幸せにできる大人になれるか考えながら、同時に主人公として面白くなるか。嫌われないでいられるか。そのバランスに苦闘しています。何よりもこの漫画は皆さんが息抜きとか、気分転換したい時に楽しくなったり、ほっとしたり、ひまつぶしになれる娯楽であり続けたいんです」
ポジティブなせりふが満載、司の指導はコーチングの手法を参考に
―3巻で大会に出場するいのりがスケート靴を電車に置き忘れた時、司は「いのりさんを目標に導くのが俺の役目だよ!」と声をかけ、いのりの母親も「ちゃんとサポートするから落ち込まないで待っててね」と安心させる。いのりは「自分のダメな所 今反省するのやめなくちゃ…」と自らに言い聞かせる場面がある。いのりが自らを信じて、夢に向かって歩んでいくポジティブなせりふが満載だ。司の指導ではコーチングの手法を参考にしている。
「目標に『連れて行く』とか、『導いていく』というよりも、本人が持っている力、自発性を育てていくこと。スポーツのコーチはティーチングとコーチングが両方必要になると思いますが、物語の中ではティーチングの部分よりも、コーチングの部分の方を多めにピックアップいます。いのりは引っ込み思案なので、司が導くばかりだと、やっぱり頼ってしまう。もし司がいなくなった時に自信を喪失してしまうと、かわいそうだなって。子どもが1人で歩く練習を一緒にしてくれる大人がいたら、子どももうれしいし、私もそうなりたい」
「子どもが困った時に頼ってくれるのはうれしいけれど、その信頼関係を手放しに喜ぶだけじゃきっとダメで。その関係の中で子ども個人の自由な意思や選択を守るためにしっかりした境界をつくっていくことは子どもの課題ではなく、大人の課題。どうしたらそれぞれが幸せになれるか。そうした境界線を意識していることが、大事なことではないでしょうか」
個性豊かなキャラクターは…「分裂している小さな自分の一面を、一人分になるまで育てる」
―銀メダリストの父親を持ち、警戒心の強い少年・鴗鳥理鳳(そにどり・りおう)、孤高の金メダリスト夜鷹純(よたか・じゅん)、いのりのライバルになる天才少女・狼嵜光(かみさき・ひかり)など、多彩なキャラクターは個性的で飽きない。
「気持ちに共感できないキャラクターは描くのは苦手です。メインキャラクターで、しっかりストーリーに絡ませるキャラクターたちは、自分の中にある性格を細分化して出してる感じです。人って、多面的ではないかと思います。どんな人にも、こういう性格があるけれど、これを考える自分もいるみたいな。その分裂している小さな自分の一面を、大体一人分になるまで育てるようなイメージで、一人のキャラクターを作っています。でもそれは本当に最初だけで、登場させたあとは頭の中ではなく話の中で個性がだんだんしっかり育っていきます」
「特定のスケーターさんをモデルにしていません。自分がモデルにされたって思うキャラクターが物語の中で負けてしまうと、すごい悲しい気持ちになるのではないかと思ったからです」
「もしも自分と同姓、同名のキャラクターが負けていたり、失敗したり、1位になれないっていうのを見ると、多少なりとも悲しい気持ちになってしまう人は多いはず。私はこの世界の主人公じゃないのかもしれないって思ってしまうとしたら、本当に残念です。なので登場人物には、なるべく珍しい名前をつけ、さらに動物の名前を入れるっていう縛りを作っています。動物の名前はこのキャラクター、とわかりやすくするために決めています。ただ、『名前が難しすぎて覚えられない!』という読者のみなさまも多くいらっしゃるようで…。もうちょっとリアリティーのある名前にするべきだったとも思ってます」
―登場するスケーターにモデルはいないが、つるまいかださん自身が応援するスケーターはいるのだろうか。
「特に『この人です』と読者のみなさまにはお伝えしたくないなと思っています。仮に私が応援してる選手が勝ったとしても、その時に負けて、表彰台に乗れなかった選手がいます。私は全ての選手に満足できる結果を出してほしい。本当にスケートの厳しい世界を選んで戦っている全ての選手がまぶしくてカッコ良いと思ってるので」
厳しいリンク運営、「ファンの人たちがそこを訪れてくれたら嬉しい」
―司は、経済的な理由でフィギュアスケーターの夢をあきらめた。金銭面や周囲のサポートなど、高いレベルのスケーターを目指すためのリアルな要素も描く。
「普通の日常生活では触れることない氷の上で練習する競技なので、金銭面の問題は不可欠だと思います。でも調べてみると、ちょっとずつレッスンを増やしていくことができて。ピアノやスイミングスクールみたいな感じで、必ずしも最初から多額のお金がかかるわけじゃないと思います」
「楽しくやろうっていう方針のクラブもあるし、それこそ本当にアスリートの育成を専門にしているクラブもあり、さまざまです。ただ、習い事の先に行こうとするとたくさん大会に出場しないといけないのでお金は必要になるという感じは、現状ではあります」
―スケートを続けるために欠かせないスケートリンクの運営の厳しさにも光を当てている。作中ではリンクの閉鎖で選手をやめる決意をした選手もいる。そうした状況を少しでも後押ししたいと、名古屋スポーツセンター(大須スケートリンク)など、実在のスケートリンクを舞台にしている。
「スケートリンクの応援のためにと思い、舞台としてお借りしています。いわゆる『聖地巡礼』になると良いと思っています。今、スケートリンクの運営は本当に厳しい。なるべくたくさん漫画の中で描いて、リンクをたくさん舞台にして、漫画のファンの人たちがそこを訪れてくれたら嬉しいと思いました」
「スケートリンクがなくなることで、選手生命が断ち切られてしまう場合もあります。近くにあれば、朝起きたらすぐに練習に向かえる。でも遠隔地の場合、朝起きて、親御さんが2時間、3時間かけて、車で送って練習することもあるそうです。そういう状況では明らかに技術の差ができてしまうし、練習以外の部分で疲弊してしまう」
「本人ではなく、保護者の労力が増えすぎてしまうから、競技は続けられないと判断するケースもあると聞きました。支えていく人が犠牲になって潰れてしまいそうな中で、競技を続けるのは選手ご本人にとっても、苦しいことですから」
=【下】へ続く=
夢のアニメ化、「プロデューサーみたいな気持ちで頑張りたい」 成長を重ねるいのりのこれから【下】
つるまいかだ 漫画家。愛知県出身。『鳴きヤミ』で即日新人賞「in COMITIA123」優秀賞を受賞。本作『メダリスト』でデビュー。











