「先生に最高の景色を見せたかった」。フィギュアスケート女子で金メダルにわずか1・89点届かなかった坂本花織(さかもと・かおり)(25)=シスメックス=は、中野園子(なかの・そのこ)コーチ(73)を思って悔し涙を流した。現役最後の五輪。21年間の競技人生を共に歩んできた恩師は「よく戦った」と強く抱き締めてくれた。前回の北京五輪後、一時は別れも考えた「厳しめのママ」と2大会連続のメダルをつかんだ。
ショートプログラム(SP)2位から逆転を狙った演技前。両手を握り合った中野コーチから「花織は強い」と送り出された。指導を通じて深めたスケート愛を、シャンソンの名曲「愛の讃歌」に乗せて描き出す4分間のフリー。表現面を示す演技点は誰よりも高かった。後半の3回転フリップで着氷が乱れたミスが、メダルの色を分けた。
「距離を置かせてほしい」。2024年9月、坂本は中野コーチに送った長文のメールで、こうつづった。世界選手権を3連覇し、五輪のプレシーズンを目前に控えていた、ある日の練習。調子が上がらない自らのいら立ちに加え、妥協を許さない厳しい指導に限界を迎えていた。
約3週間、大阪府内のリンクでたった一人で練習した。しかし状態は一向に上がらない。「恋人と一緒。離れた時に必要さに気付く。私一人では甘さが出てしまう」。謝罪に出向くと、恩師から言われた。「あなたの一番のファンは私や」
中野コーチは5年前に大腸がん、その翌年に肺がんを患った。それでも手術から2週間後には指導に戻った。「先生は命懸けで向き合ってくれている」。その後、何度も衝突したが「お互いの気持ちが一方通行じゃなくなった」と、信頼関係が2人の絆を強くした。
子どもの頃、坂本は「中野先生になる」と母に夢を語ったことがある。今季限りで引退後、コーチ見習いとなる教え子に恩師は言った。「あなたが『銀』になったから、今度は、あなたが金メダリストを育てていきなさい」。夢の続きも、2人で進んでいく。(共同=藤原慎也)











