仙台市出身の羽生結弦さんが、東日本大震災から14年に合わせた鎮魂のアイスショー「notte stellata」で狂言師の野村萬斎さんと共演した。会場は、震災直後に遺体安置所として使われた宮城県利府町の「グランディ21」の「セキスイハイムスーパーアリーナ」。映画「陰陽師(おんみょうじ)」で安倍晴明を演じた萬斎さんと、2018年平昌(ピョンチャン)五輪のフリー演技の演目に「SEIMEI」を選んだ羽生さん。
ジャンルを越境する2人の表現者のアイスショーから浮かび上がるのは、フィギュアと能狂言が根底で通じ合っているという意外な発見だ。古典芸能担当の記者が、ショーの裏側を萬斎さんに尋ねた。 (聞き手 東るい)
全2回のインタビューの前編では、羽生さんが今回、陰陽師に使役する「式神」を演じることになった経緯や、「MANSAIボレロ」と「SEIMEI」の演目の順番など、打ち合わせやリハーサルでのやりとりなどを中心にお届けします。
「notte stellata」とは…

公演の座長を務めた羽生さんが2018年の平昌五輪のエキシビションで滑ったプログラム。イタリア語で「満天の星」を意味する。羽生さんは2011年3月11日、地元の仙台で被災し、停電した暗闇の中で見た星空に「希望の光」を感じたという。公演は2023年に始まり、これまで体操男子で五輪2連覇の内村航平さんや俳優の大地真央さんと共演してきた。
観客席の近くで何ができるか? 氷の上に能舞台を据える萬斎の提案

―今回は「MANSAIボレロ」と「SEIMEI」の二つの演目に挑戦しました。「MANSAIボレロ」は東日本大震災を受け、鎮魂と復興の意味を込めて制作、発表された経緯があります。アイスショー出演の打診があった当初から、この二つをという話だったんでしょうか。
「『SEIMEI』をやるという方が最初だったと思います。(宮城県)利府町という場所でやる時に、『SEIMEI』とあともう一つをどうしますかと聞かれて、私はそういう場所ならぜひ『ボレロ』をやらせていただきたい、と。 『ボレロ』は私の提案でした」
―(3月7日の)初日が終わった後の羽生さんの囲み取材の中で、萬斎さんは宮城に入られてから「どうしようかね」とおっしゃっていたと聞いた。その時点でまだできあがってなかった。
「『MANSAIボレロ』に関して、私のところは練り上がっているので、『どうしようかな』と言ったのは、スケートとのコラボレーションの部分です。まず、無茶をいろいろ言いました。 『notte stellata』のそれまでのコラボレーションを見ると、内村航平さんの時は並んでやった。リンクの北側の方をだいぶ潰して、そこしか使えないわけです。潰すのは北側なんですよ。テレビでは成り立つけれども、観客席から遠いところでやっているな、という印象があったので、観客席の人と近い距離で何かすることはできないか、と提案しました。その中で、『MANSAIボレロ』の場合は、舞台の中央に能舞台を持っていく、建てるというようなことはできますか、という大きな提案をしました」
「スケートでこれから演技をするのに、そんなもの氷の上にのっけていいのか?というぐらい大規模なこと。最初は、スケートの整氷車の上に舞台を据えて選挙カーのようにすれば、氷を傷つけることなく、舞台が成り立つんじゃないか、と。整氷車なら行って来るのも簡単。でも結局、舞台をジャッキアップしてみんなで運んで据えるという非常に原始的なことをしましたね」
「MANSAIボレロ」とは…

萬斎さんが2011年、世田谷パブリックシアター(東京)で初演したプログラム。ラヴェルの舞踊音楽「ボレロ」と、狂言の「三番叟(さんばそう)」を軸とした独舞。今回は舞台をリンクの中心に据えて、萬斎さんはその上で、羽生さんを含むスケーターは舞台を取り囲む形で、リンク上で演技した。
「MANSAIボレロ」は2025年4月26日、フェスティバルホール(大阪)で開かれる「狂言三代 祝祭大狂言会2025」で萬斎さんが演じる予定。
羽生結弦を式神に。必然だった演出は、リハーサルで思いついた
―能舞台のサイズは。