9月6日、東京都心に氷上競技の新たな拠点「東京辰巳アイスアリーナ」が誕生する。30年にわたって水泳の聖地として親しまれた東京辰巳国際水泳場(東京都江東区)が2023年3月の閉館後に改修され、都立初の通年型アイスリンクに生まれ変わった。
スケーターの受け皿として期待される施設の運営を担うのはセントラルスポーツ株式会社(以下、「セントラルスポーツ」)だ。スポーツクラブなどを手がける同社で、東京辰巳アイスアリーナの施設長を務める伊勢秀一さんに運営に懸ける思いなどを聞いた。2回続きで紹介する。(共同通信=大島優迪)
【第5回 銀盤の未来・2回続きの(下)】
季節ものスポーツからの意識変化が使命
指定管理者の公募と選定委員会の審査を経て、セントラルスポーツが選ばれ、今年9月のオープンに向け、6月から指定管理者業務を開始した。年間で来場者約28万人、20大会と5興行の誘致が当面の目標となる。どんな施策で達成するのか。
「当初は貸し館業務が軸になると考えていましたが、競技人口の拡大にも寄与したいという思いを非常に強く持っています。自主事業やスポーツ振興事業でスケートスクールや体験会を充実させ、将来的には氷上競技のスクールを展開したいと考えています」
「アイスリンクの運営はシーズナリティー(季節性)が大きいと思います。一般の方に『夏にスケートをやろう』というイメージがあるかというと、そんなにないですよね。そういう季節ごとの利用者ニーズのデコボコをどう埋めていくかが大事だと考えています」
「季節ものと思われている氷上スポーツを、通年で使っていただけるようにすることに使命を感じています。全ての氷上スポーツの競技人口拡大を目指すためにも体験会は自主事業からスタートしていきたいと考えています」

目指すのは幼少期から氷の上で体を動かすことに慣れ、経験できるような環境づくりだ。1回の利用料金は一般1200円、小、中学生800円、未就学児400円、障害者は無料に設定されている。
「大きくなってから習慣づけることも可能ですが、小さいうちに慣れ親しむことで『自分は昔やっていたから、ちょっと滑りにいこう』と思ってもらうことができます」
子ども向けの教室の運営は1969年に創業したセントラルスポーツの強みの一つでもある。各種スクールは10月から開講予定だ。
「弊社が長年培ってきたスイミングスクールや体育スクールの集客や運営のノウハウはスケートに関しても、生かすことができると考えています。施設を長く使ってもらえるような土壌づくりに力を入れていきたいです」
好立地、常設リンクが誘致の売りに
継続的に大会やイベントを誘致できるかも事業運営の鍵を握る。東京辰巳アイスアリーナは東京メトロ有楽町線の辰巳駅から徒歩10分の好立地にある。都心からのアクセスの良さや通年で国際規格のアイスリンクを使えること、最大約5000人の観客席を設けられることが売りとなる。
「大会やイベントの開催費用の面で、仮設のリンクをゼロから作って(イベントや大会終了後に)また全部撤去するということと比べると、東京辰巳アイスアリーナは決して高くないと思います。あとは実際に利用した主催者や選手、観客の方に、良い評価をしていただくことが一番大事なことだと思います」
9月6日の開業記念イベントではフィギュアスケートの高橋大輔さんや村元哉中さんが演技するほか、2006年トリノ冬季オリンピック金メダルの荒川静香さんも交えたトークショーや氷上競技の体験会を行う。9月18~21日に開催されるフィギュアスケートの東京選手権が東京辰巳アイスアリーナで行われる最初の大会となる。
「いろいろな協会や連盟に非常に期待していただいているし、テレビ局やイベントを主催する企業からも声を掛けていただいている。その期待に応えることで、より良い評判を生んで『辰巳で大会や興行をやるといいよ』と思ってもらえる運営をすることが一番いい営業、宣伝活動になると思います」

フィギュアスケートとの縁
セントラルスポーツはフィギュアスケート男子の友野一希(第一住建グループ)が浪速スポーツセンターで練習していた縁で2018年4月から約4年間にわたってサポートし、フィギュアスケーターの育成、支援に携わってきた。
「近年の東京都内におけるリンクの閉鎖状況から、東京辰巳アイスアリーナは多くのフィギュアスケーターの受け皿となるべく運営していく必要があると感じています。公共の施設であり、これから新たに氷上スポーツの歴史が刻まれていく施設ですので、前例にとらわれず、フィギュアスケートをはじめとした氷上スポーツの人口拡大に向けて間口を広げていきたいと思います」
今回の指定管理期間は2030年3月までと決まっている。スケート教室とは別にフィギュアスケートのクラブを設立するようなビジョンはまだない。まずは東京都の公共施設としての目標を実現することを目指す。
「辰巳のアイスリンクができた時に、教室に通い始めて(氷上競技を)好きになって、ずっと続けていた子どもが、12年、15年たった時にオリンピックの強化選手になったとか、日本代表で大会に出るとか、そういうような形になると本当にいいなと思います。そういうような方が出てくると事業者冥利に尽きると思いますし、東京都が考えている競技の強化にもつながっていきます」
「例えばですが『フィギュアスケートって敷居が高いよね』とか『少し世界が見えないよね』と言われるのではなく、われわれが他の多くの施設でやっているスイミングスクールのように『みんなやっていて友だちもやっているから行こう』と、そう思ってもらえる施設の一つになるといいなと思います」

スケート業界に「恩返し」を
伊勢さん自身は青森県出身で、4歳で始めたスピードスケートで世界ジュニア選手権に出場した実績もある。小学生の時は冬の体育の時間に氷が張った田んぼで滑るのが日常だった。専修大に進学し、4年時にはスピードスケート部の主将を務めた。大学の前期はローラースケートのトラックで練習し、後期は北海道や東北を転々としながら合宿をしたり、大会に出場したりする学生生活を送った。
当時と状況が異なる部分もあるが、氷上競技を都心で続ける学生の苦労や気持ちは良く分かる。
「季節、期間が限られたスポーツはやっている方も厳しい、きついなというのが正直な感想でした。通年型リンクの運営に関われることで、今まで私がスケートで培ってきた経験を還元し、スケート業界に恩返しができるタイミングがやってきました。これからの業務には責任がある半面、うれしく思っています」
東京辰巳アイスアリーナは「氷上競技の聖地」となるか。新たな挑戦が首都東京で始まる。
東京都内のアイスリンク
2021年1月に新宿区高田馬場にあったシチズンプラザが閉館し、東京23区内の通年リンクは新宿区の明治神宮外苑アイススケート場だけだった。東京辰巳アイスアリーナが2カ所目となる。23区外には西東京市のDyDoアリーナ(ダイドードリンコアイスアリーナ)、東大和市の東大和スケートセンターがあり、2024年11月には浅田真央さんがプロデュースした立川市の「MAO RINK」が開業した。江戸川区スポーツランドは10月~5月の冬季期間で営業している。