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2026.03.08

ミラノ五輪でアンバー・グレンが語った生理の悩み 女子アスリートが避けられない課題 元競泳日本代表の伊藤華英さんに聞く 

女子フリーの演技を終え、客席に向かいハートマークをつくるアンバー・グレン=ミラノ(共同)

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 3月8日は国際女性デー。さまざまな領域でジェンダー格差の課題は尽きない。そんな中、2月に閉幕したばかりのミラノ・コルティナ冬季オリンピックでは女子アスリートが避けて通れない生理を巡り、重要な問題提起があった。フィギュアスケート女子アメリカ代表で、メダル候補と目されながら、ショートプログラムで13位に沈んだアンバー・グレン選手は大会期間中、メディアの取材に対し「生理中」だと明かした。

 元競泳日本代表で、2008年の北京オリンピックと、その4年後のロンドン大会に出場した伊藤華英さんはオリンピックで生理の問題に直面した経験があり、生理への理解を深めてもらうために情報発信をしてきた。自らの体験と、今回のグレン選手が語ったことについての受け止めを聞いた。

競技に対する誠実な姿勢

女子SPの演技を終えたアンバー・グレン=ミラノ(共同)

 フランスメディアの動画によると、アンバー・グレンは自身の生理についてこう語った。

 「私は今生理中です。全世界を前にこのような格好で演技をすることはとても大変です。怖くて、余計に感情的になります。そんな状況で『アスリート』として振る舞わなければならないのです。みんなこのことについては話しませんが、もっと議論していくべきことだと思っています」

 この告白を受け、伊藤さんはSNSで「生理は身体の現実であり、アスリートのコンディションを整える上で避けては通れません。それを語れる環境こそが真のアスリート支援だと思う」とのメッセージを公開し、勇気をたたえた。

 グレン選手の告白について、伊藤さんはどう考えたのだろうか。

 ―グレン選手はショートプログラムで13位と不本意な結果になりました。その後、生理中であると明らかにすると「言い訳」とも取られかねないですが、今回の発言にはどんな意義がありますか。

 「オリンピックという世界最高峰の舞台で、トップアスリートが自身の生理について言及したことは、これまで見えづらかった女性アスリートの身体のリアルを可視化する重要な出来事です。これは弱さの表明ではなく、競技に向き合う誠実な姿勢の一つと捉えるべきです」

 ―女性アスリートが生理について公にすることは、競技においてタブー視されてきたのではないかと思いますが、どんな課題があるのでしょうか。

 「生理は多くの女性が経験する自然な身体現象であるにもかかわらず、スポーツ現場では語りづらい空気が存在してきました。その背景には、競技の文化、メディアなど、さまざまな構造的課題があると思います」

 ―生理のことは個人的な問題として捉えられがちだと思いますが、どのように向き合っていくべきでしょうか。

 「生理による影響は個人差が大きいものの、パフォーマンスやコンディションに関係する可能性は科学的にも示唆されています。重要なのは、個人の努力や我慢に委ねるのではなく、組織としても、サポート体制を整えることができるとよいです」

 ―今回の発言はSNSを中心に大きな反響が起きています。どう受け止めたら良いでしょうか。

 「今回の出来事(アンバー選手が発言したこと)は、批判や是非の議論にとどまるのではなく、スポーツ界が身体への理解をアップデートする契機として生かすべきものであると感じます」

知識がないことの罪深さ

伊藤華英さん

 伊藤さんは2021年、女子アスリートと生理の課題について、教育や啓発活動をする「1252プロジェクト」をスタート。1年(52週)のうち約12週訪れる生理に、若いうちから向き合えるようにしたいと思ったという。背景には現役時代の経験があった。

 ―2008年の北京オリンピックに出場した時に生理の問題に直面したと、著書『これからの人生と生理を考える』(山川出版社)の中で明かしています。

 「北京オリンピックで念願の日本代表入りが決まり、オリンピックの日程を確認したところ、競技が生理の期間に当たると分かり『周期をずらさなきゃいけない』と思いました。ドクターとコーチにも相談し、深く考えないままピルを飲むことにしました」

 「副作用で5キロほど太ってしまいました。やっとの思いで出場したオリンピックでそんなことが起きてしまい、飲んだ事実より知識がなかったことを後悔しました。生理の知識は、特別にアクセスできることではなく、みんなが平等に知っていて良いことだと考えるようになったんです」

 ―2008年というと少し前のことですが、当時、女子アスリートと生理を巡る状況はどうでしたか。

 「生理が悩みだと言える空気ではなくて、人には言っちゃいけない、女性にしかない『センシティブな領域』という感じで、コーチたちも体重は気にするけど、『それぞれの課題だよね』『自分たちで対処してほしい』という雰囲気もありました」

 「振り返ると、私は月経前症候群(PMS)でしたが、当時は名前も知りませんでした。生理前にメンタルが落ち込んだり、イライラしたり、うまくいかないことがあったり。相談できたのは親だけで『女の子はみんなあるよ』と言われ、深く考えないようにしていました。生理が始まれば気分が良くなって頑張るぞ、となったんですが、どうしてそうなるのか自分のコンディションを分かっていませんでした」

 ―ピルを飲む前も生理になることもあったと思いますが、そういう時はタンポンをしていたってことですか。

 「そうですね。ただ試合に当たった時は、明らかに経血が出るという時以外は使いませんでした。タンポンは水を含むと重くて…。レースの時に重さも感じていました」

個人的なこと、社会の課題に

北京オリンピックの女子100メートル背泳ぎ 決勝の伊藤華英さん=国家水泳センター(共同)

 2016年のリオデジャネイロオリンピックで、中国人のリレーに出た選手がミックスゾーンで『生理中で自分の泳ぎができず、チームメートに謝った』と発言したことが話題になった。この出来事がきっかけで、伊藤さんはスポーツ誌『Number』のウェブ版で、自身の体験を基に10代の女子アスリートの体の変化などについてコラムを書いた。

 ―コラムは反響があったそうですね。

 「私の生理の話なんか誰も興味ないだろうと思っていたんですが、ものすごく読まれてびっくりしました。みんなが知りたいことだったんだ、と。社会課題だと認識しました」

 ―「1252プロジェクト」に結びついたということですか。

 「コラムを書いてから取材を受けたり、女性のイベントに出たりしました。でも、それだけだと影響力が限られますし、女子アスリートの生理の課題に、社会課題として向き合った方がいいと思うようになりました」

 「そんな時にコロナ禍となり、『スポーツが不要』と言われるようになって。スポーツのために何かしていきたいという思いから『スポーツを止めるな』という団体ができて、その中で若い人に生理の正しい知識を伝えていく活動を始めることになりました」

特別扱いを求めているのではない

生理とスポーツについて伊藤華英さんと元柔道日本代表の井上康生さんが話す対談動画(「1252プロジェクト」提供)

 「1252プロジェクト」は学校への出張授業や企業での講演なども行っている。若者の生の声を聞く機会を確保するため、対面授業も重視する。そのほか、指導者が理解を深める検定のほか、エビデンスが重要だとして論文も公表している。

 ―出張授業ではどんな話をしていますか。

 「生理の仕組みそのものというより、症状は個人差があること、どういう時にどう対処をしたらいいか、なぜそうなるのか。女性ホルモンにPMS、栄養の話なんかもします。同じ競技の先輩アスリートの話を聞いてもらうこともあります。そうすると『自分ごと』として考えてもらいやすいからです」

 ―女子アスリートに目立つ課題はありますか。

 「3カ月以上、生理のない無月経です。原因はさまざまありますが、運動量に対して食事量が足りない『利用可能なエネルギー不足』が多い。エネルギー不足はパフォーマンスの低下につながると言われており、実力があっても、無月経でパフォーマンスを出せずに辞めていく選手も多いです。また無月経は骨粗鬆症のリスクが伴うと言われています」

 ―検定もされているんですよね。

 「生理には方程式がありません。指導者も生理へのアプローチは大事だと分かってるけど、どうしたらいいか、どう勉強したらいいか分からないこともあります。判断する時に信頼できるベースとなるものを提供したいと思い、検定を始めました」

 「学生から『女性の先生は厳しいので相談しにくい』と言われたこともありますし、一方で『男性の先生からは優しくばかりされるので、どうしたらいいでしょうか』という相談もあります」

 「男性からすると、生理は性的なところに近く、セクハラの不安があったりしますし、それまで知識を得る機会がなかった人もいます。生理だから特別扱いをしてほしいのではなく、人それぞれにコンディションがあることを知ってほしいですね。例えば、生活に支障があるレベルの生理痛があれば、婦人科に行くことを勧められるようなスクリーニングができるといいです」

スポーツ界の課題は社会の縮図

「1252プロジェクト」を進める「スポーツを止めるな」は日本オリンピック委員会(JOC)とも連携協定を結んでいる(1252プロジェクト提供)

 スポーツ庁のデータでは、競技スポーツの指導者の8割近くが男性だといい、競技団体など組織で意思決定をする人も多くの場合は男性です。生理のことを「女性のこと」ではなく、「みんなの課題」としていくことが求められている。

 ―活動を通じて、何を目指していますか。

 「結果としてパフォーマンスが良くなることもあります。女性のコンディションには、睡眠、休養、栄養、トレーニングに加えて生理が入ってくる。これを整えていきましょうということです」

 「スポーツ界で起きている課題は、社会の縮図だと思っています。『生理で良いパフォーマンスができなかった』ということは、世の中で普通に働く女性にも起こり得ることです。トップアスリートが公にすることで、『個人的なことではないんだ』という安心感にもつながる。スポーツにはそういったインパクトがあると思っています」

 ―5年間の活動の中で変化はありますか。

 「『生理の課題を考えることは女性に任せる』という雰囲気はなくなりつつあります。私たちに講義をしてほしいと連絡してくださる団体や学校は、ある程度は生理が課題だと理解した上で、声をかけてくださいます。ただ、今でも『生理は止まっている方がいい』と誤解している人もいるので、ボトムアップできる工夫はしたいです」

 ―生理が止まっている方がいいというのは、どういうことでしょうか。

 「競技にもよりますが、スポーツをする上で『生理がない方が楽』と選手がいまだに考えていたり、『限界まで頑張っている証拠』と誤解している場合もあります」

 ―生理の問題とも関わると思うのですが、広い視点でスポーツ界のジェンダー格差についての考えを教えてください。

 「スポーツ界は指導者に男性が占め、明らかに男性中心の社会です。ただ女性アスリートの活躍の場は広がってきて、2024年のパリオリンピックでは参加選手の男女比が初めて平等になりました」

 「少数派が組織に影響を与えるには、3割が必要だと言われています。私たちは、日本オリンピック委員会(JOC)や自治体とも連携してきましたが、そこにも多くの男性が関わっています。女性の数を3割に届かせることも重要ですが、男性にも『生理のことは大事だよね』と思う人が増えてほしい。『みんなで知っていこう』という雰囲気をつくり、社会を変えていきたいです」

伊藤華英さん略歴

 いとう・はなえ 1985年生まれ。さいたま市出身。元競泳日本代表。一般社団法人「スポーツを止めるな」代表理事。順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科博士後期課程修了。博士(スポーツ健康科学)。

前山 千尋

この記事を書いた人

前山 千尋 (まえやま・ちひろ)

デジタルコンテンツ部記者。2007年入社。青森、京都支局を経て、文化部で美術や建築、教育、ジェンダー問題などを担当してきた。山梨県出身。

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