フィギュアスケート男子で2023年に現役を引退し、今夏から指導者に転身した須本光希さん(25)がDeep Edge Plusのインタビューに応じた。大学卒業後に会社勤めを経験し、再び銀盤に戻ってきた理由とは―。羽生結弦さんやプロ野球阪神、佐藤輝明選手とのエピソードも交え、胸の内をたっぷりと語ってくれた。(取材・撮影:井上将志 デザイン:山田紗英子)
パラスケートの可能性
―(東京都内でパラスケートフェスタにゲスト出演し)どのような経緯で関わるようになったのでしょうか。
「(過去に開催された)大阪と神戸の2回も参加していて、今回3回目なんですけど(日本パラスケート協会で代表理事を務める)早川晃太郎君から、最初大阪でやる時に『演技してくれない?』と連絡をもらって、そこからですね」
―早川さんとは現役時代からの知り合いでしょうか。
「そうですね。知り合いというか、先輩という感じなんですけど。自分が現役時代、福岡に練習に行っていた時にもお世話になった先輩だったので、そのつながりもあって、こうして今も関わらせてもらっているという感じです」
―地元の大阪に長年拠点を置いていた須本さんが、福岡で練習するようになった経緯は。
「飯塚(福岡県飯塚市)で河野由美先生に2年間習っていました。大学3年生、4年生と競技を引退するまでの最後2年間。由美先生のところでやっていて、その時に一緒に練習していたりしました」
―早川さんの恩師、中島勇人先生はTeam Yumiですもんね。
「はい」
―まだまだ認知度が高まっていないパラスケートのイベントに参加されて、どのように感じられましたか。
「大阪で参加した時も兵庫で参加した時も思ったんですけど、間違いなく自分たちより苦しい思いをご家族だったり、ご本人だったりはしていると思うんですけど、皆さん氷に乗ると笑っていて、笑顔で滑っていて、自分たちが苦しんでいたら駄目だなって思いました。今日もそう感じたんですけど、過去に参加した時にそれを思ったので、お話をいただいて、またこうして参加させてもらいました」
―実際に氷上で車いすを押したり、経験もされましたか。
「しましたね。難しかったんですけど、でも押すことで楽しんでくれてて『もう一回、もう一回』とか言ってくれると自分もうれしいですし、手伝って良かったなと思います」
―イベントを拝見していたら、すごく笑顔で笑ってるお子さんが多かったです。ご家族の方も『こういう経験は初めてじゃないかな』と喜んでいました。風を切って氷の上を滑る感覚は特別なようですね。
「大阪で1回目に参加した時は勝手も分からず、自分のプログラムをやる、という感じだけだったんですけど、そこでちょっと学んで、神戸と今回はフェンス側にお客さんがいらっしゃるので、できるだけフェンスの近くを滑って楽しんでもらえるように、プログラム構成を変えたりしました。自分なりに楽しんでもらえる工夫はしてきたので、それを考えるのも結構楽しかったので、いい思い出やなと思っています」
―トップ選手として活躍されてきた須本さんは、障がい者や車いすなどのパラスケートの可能性をどう感じていますか。
「現役時代には想像もできないし、考えたこともなかったんですけど、早川君から連絡をもらって関わっているうちに、愛着って言ったらあれですけど(参加者が)しんどいのに楽しんで滑ってる姿を見ると、自分は個人的にすごく楽しいです。何て言ったらいいかな…」
―新しい世界が広がった、みたいな。
「そうですね。これから早川君やサチさん(共同代表理事の小池幸子さん)が、いろんなところでイベントをどんどん広げていくと思うので、関西でやる時だったりとかは、参加させてもらえればなと思います」
会社勤めで学んだこと
―トークショーの方でも最後にPRされていましたが、既にコーチ業は本格的に始めていらっしゃいますか。
「8月から難波(浪速アイススケート場)の方で貸し切りにも入れてもらえることになり、7月にはインストラクター(日本フィギュアスケーティングインストラクター協会)の総会もありました」
―新横浜で開催された総会に出席されていたのですね。
「実は、陰の方で(笑)」
―新会員として承認された20数人の中に須本さんも入っていたのですね。






