1978年に始まった日本で最も歴史のあるアイスショー「プリンスアイスワールド(PIW)」が、4月26日から始まる横浜公演(コーセー新横浜スケートセンター)で新シーズンを迎える。テーマは“PIW THE MUSICAL The Best of BROADWAY”。フィギュアスケートとブロードウェイミュージカルの融合を掲げ、2023年から演出家の菅野(すがの)こうめい氏(68)が手がけてきたショーは、ついに「集大成」と位置付ける3年目に入る。
2023-2024年シーズンはブロードウェイ黄金時代の名曲を中心に「A NEW PROGRESS BROADWAY CLASSICS」と銘打ち、2024-2025年シーズンは「BROADWAY ROCKS!」をテーマにリズミカルな踊りを観客に届けた。最高傑作を目指す最終章へ、どんな思いで臨むのか―。PIWのキャプテンを務める小林宏一(こばやし・ひろかず)さん、PIWとの出会いが人生を変えた中西樹希(なかにし・きき)さん、そしてPIWに変革をもたらした演出家の菅野氏に、たっぷりと語ってもらった。
最終第3回は中西樹希さん(28)。アイスショーに魅了されたあの日の記憶、プロを目指すと決めた小学生時代の転機、さまざまなショー出演の経験から気付けたこと…。活躍の場を広げる注目のスケーターに迫った。(聞き手 井上将志)

衝撃を受けたPIW滋賀公演でのワンシーン
―中西さんはPIWがスケートを始めるきっかけになった。
「はい、そうです。小学校に入る直前に、母の友人からアイスショーのチケットをいただきまして。私は京都市出身なんですが、滋賀県で開催があって、チケットをもらって行ったんですね。それがPIWだったらしいんです、ちゃんと覚えてないんですけど…(苦笑) ただ、ハッキリと覚えているシーンがあるんです。2階席に座っていた時に、前から女性が私の方に向かって滑ってきたんですね。タイツを靴にかぶせて、1本の刃でスーッとこちらに向かって。その時に『え! 何で1本の刃でそんなふうに滑れるの?』と驚いたのがきっかけでした」
「母にスキーやスケートの経験があって、上手ではないのですが滑ることはできたので、京都醍醐のスケートリンクに行くようになりました。母が後ろ向きで、私は前向きで滑る、というような感じでやっていたら、スケートにはまってしまいました。毎週のように通っていたので、母は『大変だった』と話していましたけど(笑)」
「私は高校生まで競技を続けたのですが、最終的には長光歌子先生と本田武史先生に関西大学のリンクで教えていただきました。PIWに武史先生が出演されていたり(同門だった)高橋大輔さんが出演されていたこともあり、PIWを身近に感じて毎年のように見に行っていましたね」
―子どもの頃、衝撃を受けたPIWの一員に今はなっている。
「そうですね。これだけ長く続いている団体はないと思っています。私もいろいろなショーに出させてもらうようになって、それはなおさら思います。皆さん、新しいものを作ろうと挑戦している。一方で、伝統を守りつつ、新しいものも取り入れる、というショーはPIWだけだと思います。それはキャストも、会社の方も、先輩たちも同じ思いだと感じています。スケートを始めるきっかけになったあの滋賀での公演からも、ずっと続いているんだと。そして今、自分が選手生活を終えた後にPIWで滑っているというのは、本当にすごいことだなと思っています。PIWをきっかけにいろいろなショーにも出させていただいているので、PIWには本当に感謝しかないですし、これからも続いていってほしいなと思います」

『FOI』のキッズスケーターでショー目指す決意固まる
―競技生活は高校までで終えた。
「はい。私は19歳でPIWに入団しました。大学には行かずにショーの世界に進みたいという気持ちでした。なので意外と長い、意外とPIWにいます(笑) 年齢聞かれて、みんなに『あれ?』って反応されますから。大学を卒業してから入る方が多いので、その4年分が私はちょっと早いので、みんなと時差があるというか、不思議な関係性ではあります」
―大学に進まずにプロスケーターに転身することは珍しい。なぜその道を選んだのか。
「私は『フレンズ・オンアイス』というアイスショーに2回、キッズスケーターとして出させていただいたことがありまして。PIWがきっかけでスケートを始め、毎年PIWを見ていた中で、たまたま別のショーで滑る機会をもらったんですね。その時に『私は、このアイスショーという世界で生きていきたい』と決意しました。当時小学3年か4年かだったと記憶しています。『こんなに楽しいところある?』と衝撃を受けた記憶が今も残っています」
「もちろん、頑張って練習しないと試合にもその先にあるショーにも出られないですし、上を目指して練習していたんですが、やはり競技よりはショーの世界で滑りたいという気持ちが強く、その思いは当時からずっと変わっていないです」
―以前から表現することに魅力を感じていたのか。
「実は全く違うんです…(苦笑) そこに関しては疎いというか、恥ずかしいというか。多分、今でも出し切れていない部分はあると思います。家で母や父の前で踊ったり、ふざけたりすることは好きだったのですが、いざ人前に出されたら恥ずかしい。試合でもちょっと澄ましちゃったりする子どもだったので、ショーに向いていたかと言われると、そんなことはないかもしれません。でも、表現すること、舞台やショーを見ることはすごく好きで、照明とか音楽とかに囲まれた空間にいることが幸せでした。まだまだ表現の部分では勉強中、もっとやらなきゃな、という感じです」
―京都醍醐で滑っていた当初はどなたに習っていたのか。
「スケート教室の時は浜田美栄先生に習っていて、選手になるまで、しっかりと基礎を教えていただきました。教え方が上手で一生懸命教えてくださったので、それもスケートにはまる要因だったのかもしれません。感謝ですね。その時に途中でやめていたら、今の自分はなかったので」
―最終的には長光先生のところへ。
「そうですね。京都醍醐のリンクがなくなってしまい、関西大学に新しいリンクが完成するというタイミングで指導をお願いすることになりました」
―当時同門だったスケーターは。
「一番上に高橋大輔さんがいて、平井絵己ちゃんもいました。あとはPIWで今一緒の吉野晃平君も途中から入ってきて、あとは上野沙耶ちゃんも同じ世代ですね。田中刑事君も岡山から週末は通ってきていたので、彼が小さいころから会っていましたね。すごく人見知りで、最初は話してくれませんでしたけど(笑)」

「滑走屋」など他のショーを経験して気付いたPIWの『基盤』
―PIWでの活躍をきっかけに「滑走屋」など他のショーにも声がかかるようになった。そこで得たもの、PIWに生かせていることは。
「両方ありますね。まず、他のショーに出させてもらってリハーサルや本番を経験して、PIWには『基盤』があるなと感じました。キャスト同士の関係性や上下関係もそうですし、礼儀もそう。それから、歴史があって経験もあるので、いろいろな物事が進むのが非常に早いということにも気付きました」
「一方で、他のショーに出たことで個性の大切さも学びました。現役のスケーターが出演しているショーでは、みんなに勢いがある。なので、PIWに戻ってきたら、もっと勢いをつけて、自信を持ってやってもいいな、という気持ちになりました。どんどん年齢も高くなり、現役時代のように毎日長時間練習できる環境にあるわけでもない。それぞれ仕事があったり、インストラクターをしていたり。公演がない時にPIWのキャストで深夜の練習とかあるのですが、そういう時は曲をかけてみんなを盛り上げて、最近は副キャプテンの小沼祐太君と、キャプテンの小林宏一さんがいつも深夜でも必ずいてくれて『体が痛い』『おじさんだ』って言いながらも、一番この2人が動いて、ふざけながらもやっているんですね(笑)。そういうところはすごく良いところで、もっともっと上げていかなきゃいけない、という気付きにもなりました」
―滑走屋の直前合宿に密着した際に、中西さんがシンクロの動きなどを共演者にアドバイスする姿が印象的だった。PIWの経験が生きている。
「そうですね。私が力になれたのかな、という感じもありますが。今回は滑走屋も2回目の公演で、みんな慣れていた部分もあったと思いますが、楽しくなって話に夢中になっちゃったりした時は、少し集中できるように言葉をかけたりとか意識しました。技術面はみなさんしっかりあるので、そこは大ちゃんや(村元)哉中ちゃんが言ってくれる。なので、それ以外の部分や、それこそPIWで習った礼儀だったりとか、当たり前のことを伝えるようにしました。例えば、リンクやフロアでの練習だとみんなが散らばってしまう場面があって、演出サイドがマイクを使っても声が届かないこともあるので、そういう時は意識してサポートを心がけたつもりです」
「シンクロは確かに慣れていないことだと思うので『少し体を張って滑る』とか、基礎的なことを自分が分かる範囲でお伝えしました。でも、みんな上手でさすがだなと思いました。(シンクロ指導には昨季限りでPIWを退団した)小川(真理恵)さんも来てくださっていたので」

新たな挑戦で相乗効果 『殻破る』
―PIWを軸に活動の幅が広がっている。
「今度、氷艶(7月・横浜アリーナ)に出させていただくことになりました。普段は振り付けをしたりとか、小さい子どもたちを教えたりしながら、ショーを中心に動いています」
―氷艶では高橋大輔さんや村元哉中さんと再び共演する。PIWでのミュージカルを演じる経験が生きてくるかもしれない。
「滑走屋で演出家の方に言われたのですが『まだ殻を破れていない』『全てを見せられていない』と。自分でもそうだなと反省していて、新鮮な気持ちで何事にも取り組む、新しい自分をどんどん引き出していくというのがテーマです。今シーズンのPIWではありませんが、先シーズンはマイクを着けてのセリフもありました。何とか演じましたが、すごく難しくて、片言、棒読み…(苦笑)自分で聞いてみると『うわー、嫌だ』という感じだったんですけど、それで改めて勉強だなと思いました」
「今年はセリフはないんですが、歌に合わせて自分が歌ってるかのように演出しなければいけない場面があります。それはどこかな? というのは是非見ていただけたらと思います。自分で歌ってないから、すごく難しいんですね。本当に歌っているように見せなければいけないので、そういった新しい挑戦がまた今後のショーでも生かされるかもしれませんね。こうやってPIWでの経験、挑戦が相乗効果を生んでいて、それは誰しもが経験できることではないので、すごくぜいたくというか幸運だなと感じています。本当にありがたいです」
―PIWの見どころとして、人数の多さを生かした圧倒的な迫力がある。
「ありますね。やっぱり一人で滑るのと、これだけの人数で滑るのでは大きく違いますね。フォーメーションを組む際には、一歩間違えれば事故のリスクがあります。覚えるのは大変ですが、大人数で滑るシーンは魅力の一つかなと思います」

第1回 演出家菅野こうめいさん編はこちら ①演出家・菅野こうめい氏が明かす「進化」の舞台裏 「最終章」の見どころは? 注目のスケーターは? 驚かされた元世界王者とは?
第2回 キャプテン小林宏一さん編はこちら ②キャプテン10年 PIWの大黒柱・小林宏一さんの 過去、現在、そして未来 エンタメ追求の道ー 堂本光一さん、高橋大輔さんらから受けた刺激
Profile
中西樹希(なかにし・きき) PIWを中心にアイスショーで存在感を増している注目のスケーター。PIWを見てフィギュアを始め、荒川静香さんによる「フレンズ・オン・アイス」にキッズスケーターとして出演したことでプロ転向が目標になった。「ICE EXPLOSION」「ワンピース・オン・アイス」や高橋大輔さん主演の「LUXE」、「滑走屋」に出演。7月には「氷艶 hyoen 2025 -鏡紋の夜叉-」も控えている。現役時代は浜田美栄コーチや長光歌子コーチ、本田武史コーチに師事した。1996年6月11日生まれの28歳。京都市出身。

公演概要
【公演名】プリンスアイスワールド2025-2026 PIW THE MUSICAL ~The Best of BROADWAY~ 横浜公演
【会 場】KOSÉ新横浜スケートセンター(所在地:神奈川県横浜市港北区新横浜2-11)
【日 程】2025年4月26日(土)・27日(日)・29日(火・祝)・30日(水)※4日間8公演
【時 間】 1回目11:30~14:00 / 2回目 16:00~18:30(開場は開演1時間前)
【出演者】プリンスアイスワールドチーム
ゲストスケーター:荒川静香、村元哉中&高橋大輔、織田信成
田中刑事、樋口新葉、鍵山優真
[4/26・27出演] 友野一希、中田璃士
[4/29・30出演] 佐藤駿、三浦佳生
Daily Musical Stars:[4/26出演] 笹本玲奈 [4/27出演] 小南満佑子
[4/29出演] 田代万里生 [4/30出演] ウエンツ瑛士