インタビュー

2026.06.11

羽生結弦さん「傷が、優しい痛みになれば」 震災15年、ゆず『幾重』との特別コラボを語り尽くす インタビュー全文(2)

羽生結弦さん

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 フィギュアスケート男子で冬季オリンピック2連覇を果たした仙台市出身の羽生結弦さん(31)が、人気デュオ「ゆず」制作のNHK東日本大震災伝承ソング「幾重」に合わせた自作の演目を披露した。震災から15年。演技の収録を終えた羽生さんが振り付けに込めた思い、心境の変化など胸の内を語ったインタビュー全文の第2回をお届けします。(連載は全3回でお届けします)

『幾重』への思いが変化した理由

 ―収録お疲れさまでした。終えられての率直な感想をお聞かせください。

 「いやー、本当に緊張しました。いろんな思いを込めなきゃいけないプログラムですし、やっぱり素晴らしい楽曲に対して完璧でなくちゃいけないなとか思って、すごい自分自身を追い詰めつつ、追い込んできたので。でも練習の成果はある程度出せたので、良かったなとは思っています」


 ―今日の収録でラストのカットがかかった後、どんなお気持ちだったんですか。

 「まあ何か、やり切ったなっていうような感覚はありましたね。たくさん、この収録に向けて、たくさんたくさん練習してきたので、ちょっとほっとしたというか、うん。やり切ったなって思いました」


 ―『幾重』をこれまで何度もお聞きになったと思いますが、スケートで表現するとなる以前に聞いていた時の印象と、スケートで表現し、滑り終えた今とでは、楽曲への思いはどのように変化していますか。

 「うーん…。最初に頂いた時から、滑るって言われてたよね。最初から滑る前提で聞いちゃっていたからあれなんですけど、振り付けしてみてから、ただイメージしながら聞いているのと、振り付けを実際にして、自分が実際に滑りながらこの曲を聞くってなった時のイメージの変化は、やっぱり漠然と表現したいことがこういうことだっていう思いが自分の中にあるのと、ゆずさんと(原)摩利彦さんが一緒にこうやって作っていく中で、ある意味、『幾重』にも重なるセッションがあって、そこに、僕自身も入っていこうというか、僕の思いも重ねていこうと思ってずっと聞いていたんですけど。実際滑っていくにあたって、本当に大変な、大変責任のあるものだなというふうに思いましたし、聞けば聞くほど、いろんな思いとか、いろんな人生が見えてくるような気がして、それに寄り添わなきゃって一生懸命思いながら、ずっと滑りながら思っていましたね」

 「振り付けを作る前は、どっちかというと自分の思いを乗せてっていうぐらいだったんですけど、作り切ってからは本当にいろんなものに寄り添っていかなきゃ、何とか『誰かの中になれるように』って思いながらずっと滑っていたので、だからその分緊張もしましたし、プレッシャーもあったんですけど、何とかとりあえず、やり切れたなと思っています」

NHK東日本大震災15年 震災伝承ソング「幾重」 コラボ企画で自作の演目を披露した羽生結弦さんⓒNHK

振り付けで一番葛藤したこと

 ―これまで準備される中で、一番羽生さんが悩んだことや葛藤したことは。

 「うーん、そうですね…。(10秒以上、考えた末に)これはちょっと使える答えにならないかもしれないですけど(音楽が)すごくポップスなので。フィギュアスケートって、割とクラシックに合わせることとか、最近だとちょっとモダンな曲であったりとかを滑らせていただくことが結構あるんですけど。ゆずさんのルーツである、弾き語りというか、いわゆるバンドミュージックみたいな、ポップスっていうような感じのリズム感の中で滑らなきゃいけないので、そこにどうフィギュアスケートをきれいに組み込んでいくかっていうのは、すごく難しかったのと...」

 「あと衣装との兼ね合いもあって、あまりにもリズムを刻み過ぎると、衣装のなびき方があまりきれいじゃないなとか、そういうことをすごく悩んで、どう曲とスケートを一番いい形で見せることができるのかっていうのを、ずっと振り付けしながら、また練習しながら、ずっと研究して頑張っていた感じがしますね」

 ―全体の難しいバランス感が見えてきたな、というような手応えを感じ始めたのはいつ頃ですか。

 「基本的に、自由に滑っている時が一番良いんですよ。やっぱりプログラムとして考えないで、ただただ、思いのままに音を聞いて、そのまま滑る時の方が絶対良くて。でも、それをしちゃうと本当にただ自分のわがままなスケートになってしまうんだよな、っていうのもあって…。だから、わーって自由に、振り付けとかじゃなくて、アドリブでガーって滑っていった時の思いのこもり方も『このテイストが良かったな』とか『この空気感が良かったな』というのをちょっとずつ取り入れつつ、でも、ちゃんと整理整頓されたプログラムとして作っていかなきゃいけないので、それを本当にパズルのピースみたいに組み合わせていったっていうような感じでした」

衣装に込めた思い

 ―すごくすてきな衣装でしたが、あれはどういうイメージや思いが表れた衣装なんでしょうか。

 「衣装の生地も層になっていて、何枚も何枚も重ねていくようなイメージで作っていただきました」

 ―『幾重』の楽曲とリンクするように。

 「『幾重』に合わせてですね」

 ―色も青などの海を連想させるものでしたが、色合いや形も『幾重』に合わせたのですか。

 「何かもう、本当に『幾重』っていう楽曲自体がとても海に近いというか。今までの震災の曲たちって、あんまり直接的に海っていうことって、『花は咲く』の時とかはなくて、どっちかっていうと全体的な雰囲気で包んでいくような形の前の向き方だったんですけど、今回のこの『幾重』という楽曲がとても海に近い感覚があって、僕がフィギュアスケートというものを使って表現していく時に、波であったりとか、風であったりとか、青色のテイストが一番合うのかなと思って、青だなって思いました」

NHK東日本大震災15年 震災伝承ソング「幾重」コラボ企画で自作の演目を披露した羽生結弦さんⓒNHK

「失われたものは、二度と戻ってこない」

 ―『幾重』という楽曲は、ゆずさんが被災地を周りなからいろいろな方々の言葉を聞き、対話を重ねて作られたものです。羽生さんも以前から被災地を訪ね、いろいろな人と対話を重ねられてきたと思いますが、被災された方々のお話や被災地の光景などのご体験は、ご自身の生き方やスケートへの表現にどのように表れていますか。

 「うーん…。うーん…。何か、どれかとは言えないですね。もう何か、本当、この15年がたっていて、その15年前に起きた出来事がなかった世界にはもういなくて、あれがあった上での15年を生きてきたので。あれがあったからこうなりました、っていうのは、ここが、これだけが、っていうよりは、人生観、生き方、全てにおいて、震災とか、たくさんの方々に出会ったこと、お話したこと、いろんな思いに触れたこととか、そういったものが全て、自分の人生に含まれているな、という感覚はあります」

 「うん、何て言えばいいかな、簡単に言えないんですけど…。ずっと思っているのは、確かにあの出来事があって、きっといろんなお話を聞いた方々たちも、やっぱり人生いろいろ変わって、でもあそこから何とか前を向いて歩いてきたよっていう方々はたくさんいるんですけど、でもずっと思っているのは、やっぱり『あの出来事がなかったらよかったな』ということなんですよ」

 「あれがあって、失ってしまったものっていうのは、やっぱりかけがえのないものたちがありましたし、実際に、その街並みだとか、失われたものたちは二度と戻ってくることはない。同じものに戻るものはないので。そういった意味では、僕たちはあれを経験した上でいろんなことを学んで、いろんなことが変わっていったんですけど、確かにあれを経験に前に進むっていう力をある意味では手に入れたかもしれないんですけど、立ち返ってみると、やっぱりなかったらよかったなと思いますね」

『幾重』の滑りに託した未来

 ―過去から現在、そして未来へと時が移ろう中で、傷や複雑な気持ちを抱えながらも前に進もうというメッセージが歌に込められている。羽生さんも演技の中で時の移り変わり、前へ、未来へということを意識されて作られたと思います。『幾重』のスケートに、羽生さんはどんな未来を託しましたか。

 「最後は『未来を拓く』という言葉で最後に向かっていくので、自分自身も、これから先どうなっていくかは分からないですけど、ちょっとでも自分の力と皆さんの力を合わせて、未来の扉みたいなものをこじ開けられたらいいなって思いながら振り付けにしたりとか。正直、未来に何が起こるか分からないですし。今もなお、いろんな地震が起きたりとか、ついこの間、津波警報があったりとか、津波が実際に来たりとかもあった地域がありましたし、やっぱり未来って全然分からないんですけど、それでも祈りを込めて、少しでも平和で平穏な未来が、少しでも長く皆さんに訪れるように、と祈りを込めて滑っていました」

 ―日本に関わらず、大きな災害やいろいろな厄災が世界中である中で、そういったことが起こると自分には何ができるんだろうって誰もが考えると思う。そういう時、羽生さんはどのような感情を抱きますか。

 「結局、僕もただ一人の人間なので、僕が何をしたところで何も変わらないだろうっていう感じは正直僕自身もしています。ただこうやって、せっかく金メダルを二つ取って、いろんな機会をいただける権利をいただいているので、その権利はちゃんとうまく使って、少しでも自分の演技とか活動がいろんなところに届いて、少しでも活力になるのであれば、やっぱり頑張りたいなって思うこともあります。でも、自分はただ一人の人間でもあるので難しいなって思うことももちろんあるんですけど。でもできる限りのことは、オリンピック金メダリストとしてせっかく権利をもらったので、できる限りのことはしたいなといつも思っています」

特別コラボの演技収録後、インタビューに応じた羽生結弦さん(撮影:染谷宗秀)

特別コラボで見えてきた新たな羽生結弦

 ―『幾重』というプロジェクトで、新しい自分や表現の可能性を発見する機会はありましたか。

 「うーん…。(しばらく考える) すごい自分の被災体験をいろいろ見つめ直すきっかけにはなりました。曲を聞けば聞くほど、過去に起きたことを自分の中で消化し切らないといけないし、実際に皆さんに届けるということになった時に、自分自身がそれとある程度うまく付き合えるようになって、そこから未来に向かって歩いていく姿を見せないと、皆さんに説得力のある表現にならないなって思ったので。自分も取り残してきた辛い記憶とか、ふたをしていた記憶とかもいろいろあったんですけど、そういったものたちと、なるべくうまく付き合えるようにして。振り返るきっかけにもなりましたし、うまく付き合うきっかけにもなりましたし、自分自身もこの楽曲とともに、未来に向かって歩き出すきっかけにはなりました」

 ―以前お話を伺った時に『幾重』の、傷を持ちながらも前に向かうというメッセージ、氷の上のわだちや傷をリンクさせて発言されていました。自分との向き合い方、自分の中での折り合いをつけて前を向いていくことは、ご自身も年月をかけてできるようになったのでしょうか。

 「どうですかね。そりゃあ行ったり来たりすることもあると思うんですよ。この時からパッて切り替わって100%全部向き合えるようになりました、っていうふうにはならないと思うんですよね、きっと。つらい時もあると思いますし、うまく向き合える余裕がある時もあると思いますし。きっと、人間ってそんなロボットみたいに、数学みたいにきれいな解を出せるわけではないと思うんですよ」

 「だから僕自身も、今はとりあえずこのプログラムを皆さんに届けるということを考えた時に、自分の中で整理整頓して、こういうことがあったから、これを含めて自分の人生だから、ちゃんと歩いていける、って思いながら滑っているんですけど。何だろう、きっと辛い時とかもあると思うんですよね。でもそういう時に『幾重』を聞いて、また自分も被災者の一人として、また勇気をもらうんだろうなって思いますし、逆にいろんな方々が、もう100%大丈夫だと思ってたんだけど、急に辛くなった時とかに、自分のスケートと『幾重』という楽曲を聞きながら見ていただいた時に、僕と同じように、ちょっとでも傷が優しくなれるような、優しい痛みになれるような感情になれたらいいなって願っています」

たくさんジャンプを跳ぶ演技構成にした理由

 ―NHK仙台に『幾重』を聞いた視聴者からさまざまなメッセージが寄せられています。被災地にいなかった方や震災当時を知らなかった方など、震災伝承ソングだけれど震災とひもづけなくても、会いたい人に対しての思いや前を向いていく姿勢に胸を打たれたという方がすごく多い。全国の人に羽生さんの滑りが届いて、強いものになったと思います。あと、今回の演技ではジャンプをたくさん見せてくださって、体力的にもすごくエネルギーを使うものだったと思うのですが、演技構成はどういうふうに考えて作られたんですか。

 「何ですかね。最初すごく静かで、でも何かちょっとだけメリハリがあって、メリハリが最終的にどんどん強くなっていくというイメージが最初からあったので、3回転(ジャンプ)の連続ではあるんですけど、本当に短い時間で何本も跳んでいくというのが、最初から構成として浮かんでしまったんですよね。いろいろコラボレーションとかを考えた時に、もうちょっと安全なプログラムにしようかなとか、いろいろ考えたんですけど、どうしてもその勢いというか、幾重にも重ねていく力強いもの、また、ゆずさんの声の伸びやかさみたいなことと、音程の高さとかも含めて、どうしてもジャンプで表現したいって思ってしまったので、入れました、はい(笑)」

 ―演技を考え始めてから『幾重』を聞くとスケートのことで頭がいっぱいになるみたいな状態でしたか。

 「『幾重』を聞いていなくても、ずっと(頭の中で)『幾重』が流れているので、まあ大変でした。ははは(笑)」

 ―いろいろなアイスショーで、いろいろな演目、楽曲で演技されていると思いますが、どう本番を迎えましたか。

 「ずっとイメトレしているって感じはありますね。実際失敗してしまうようなイメージが出てきたりとか、こうなっちゃうかもしれないとか、ネガティブなイメージもすごい出てきましたし、全然寝られませんでした。はい(苦笑)」

 ―(収録に向けた)練習に伺った際に自己嫌悪の気持ちもあるとおっしゃっていて本当に驚いた。そういう気持ちを打破するとか、乗り越える方法はあるのでしょうか。

 「とにかく練習するしかないなと思って。うん、最大限の練習はしてこられたので、練習してきて良かったなって、とりあえず今日思いました。はい」

羽生結弦さん×ゆず『幾重』コラボインタビュー(1)はこちら

【放送予定】

▽「てれまさ」
6月11日(木)、12日(金)放送予定(午後6時10分、宮城県域放送)
TOHOKU HEART コーナーで放送
※「NHK ONE」で、見逃し配信(放送後1週間)でご覧いただけます。

▽「午後LIVE ニュースーン」
6月24日(水)放送予定(午後3時10分、全国放送)
※「NHK ONE」で、同時・見逃し配信(放送後1週間)でご覧いただけます。

このほか、全国放送の番組やミニ番組等でも放送予定。

井上 将志

この記事を書いた人

井上 将志 (いのうえ・まさし)

2003年共同通信入社。名古屋でプロ野球中日、フィギュアスケート、本社運動部でフィギュア、体操、東京五輪組織委員会を中心に担当。五輪は10年バンクーバーから夏冬計7大会を取材した。ジュネーブ支局時代は欧州を中心に世界各地をカバー。東京都出身。

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