インタビュー

2026.08.05

夫が「思い出作りに」と後押しした海外同行がミラノまで… 繁華街のリンクでは不良のお兄さんも味方に 小林芳子さんが振り返るスケート人生

撮影:西村曜、デザイン:中川浩太朗

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 日本スケート連盟フィギュア元強化部長の小林芳子さん(70)と、スピードスケートの長森遥南選手(24)が7月10日、母校の親和中・女子高(神戸市灘区)で対談した。小林さんは、2004年に欠員で急きょオランダへ同行することになった強化部の仕事がミラノ・コルティナ冬季オリンピックまで続いたことや、金メダルを獲得した三浦璃来さんと木原龍一さんのペアについて「2人の出会いは偶然だった」と振り返った。(取材 西村曜)

 二人の対談の詳報第1回は以下の通り。

バンクーバーから支えた5つのオリンピック

 校長による小林さんの紹介「小林芳子先生、長森遥南先生、大変お忙しいところ、本日はお越しいただきまして、本当にありがとうございます。お二人とも本校の卒業生で、小林芳子先生になりますけれども、この2月にありましたミラノ・コルティナオリンピックにおいて、フィギュアスケートのペアで、世界中を感動に巻き込んだりくりゅうペアの生みの親だったので、マスコミの方でもいろいろと取り上げていただいております」

 「小林先生は本校に在籍中はフィギュアスケートに取り組んでおられまして、卒業後は関西学院大、そして大学卒業後にはスケート連盟の方に所属して、スケートの審判活動とか、また選手の強化、大会運営等に携わってこられました。2012年からは強化部長として世界中で活躍されまして、2010年のカナダのバンクーバーオリンピック、そして、ロシアのソチオリンピック、その後の韓国の平昌オリンピック、そして中国の北京オリンピック、そして今回のイタリアのミラノ・コルティナオリンピックと、それぞれ5つのオリンピックの大会で、大会を支えてこられました」

 「ソチオリンピックからはフィギュアスケートの総監督の立場で大会に参加されまして、羽生結弦選手の金メダルも監督として見守ってこられました。ソチオリンピックからスケートのフィギュアの方で団体が始まるということで、当時、シングルで活躍していた木原龍一選手をペアのほうに勧誘してペアで育ててくださったということで、りくりゅうペアの生みの親ということで、マスコミで取り上げられているところでございます。現在はスケート連盟の方を退職されまして、個別に選手の強化活動に取り組んでおられます。現在も強化合宿中なんですけれども、今日のためにわざわざお越し下さいました。ありがとうございました。」

 (略)長森遥南選手は同校初のオリンピック選手。学生時代はゴルフでも活躍。 

 司会「それでは、ここからお二人による対談を始めていただきます。本日のテーマは『夢への挑戦 自分らしい生き方を見つけるために』です。それでは、小林様、長森様、どうぞよろしくお願いいたします」

母校で対談する日本スケート連盟フィギュア元強化部長の小林芳子さん(左)と長森遥南=7月10日午後、神戸市灘区

 小林「ファシリテーターがいなくて、私と長森さんで対談形式で進めますので、話がとっ散らかったらごめんなさいね、ということを最初に言っておきます」

 長森「ペラペラしゃべらせていただくので、お願いしま~す」

 小林「こちらの写真は、ミラノコルティナに行く結団式の写真です。皆さんから見て右側がいる人が、坂本花織…選手って言ったり、さんって言ったり、いろいろなんですけど、私たちは花織ちゃんと呼んでいるんです。よう見ときや(笑)。花織ちゃんのあだ名は、これぴったりですね。『やかましい太陽』っていうんです。それくらい本当ににぎやかで、周りの人を明るくするとても素敵な選手です」

 小林「次。私の高校時代の写真です。ではここからは長森さんから質問を」

 長森「じゃあ私から質問をしたいと思います。小林さん、スケートを始めたきっかけは何ですか」

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