インタビュー

2026.08.15

なるりゅう、みうりゅう、りくりゅう…木原龍一さんに感じた「責任」 小林芳子さんが振り返るスケート人生②

撮影:西村曜、デザイン:中川浩太朗

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 日本スケート連盟フィギュア元強化部長の小林芳子さん(70)と、スピードスケートの長森遥南選手(24)が7月、母校の親和中・女子高(神戸市灘区)で対談した。小林さんは、2004年に欠員で急きょオランダへ同行することになった強化部の仕事がミラノ・コルティナ冬季オリンピックまで続いたことや、金メダルを獲得した三浦璃来さんと木原龍一さんのペアについて「2人の出会いは偶然だった」と振り返った。(取材 西村曜)

 二人の対談の詳報第2回は以下の通り。

対談詳報の第1回はこちら

ペアやアイスダンスへの勧誘は『肩たたき』のような時代に、参加してくれた龍一くん

 長森「『りくりゅうの生みの親』と言われていますが、どんな出会いやきっかけがありましたか」

 小林「2010年のバンクーバーオリンピックが済んだ翌年に、次のオリンピック、2014年のソチオリンピックから団体戦というのが導入されると。日本は、先ほど名前が出ていたたくさんの優秀な選手がいました。フィギュアスケートには男子、女子、ペア、アイスダンスの4カテゴリーがあるんですね。10カ国を選んで予選をして、本選をして、表彰台を決めるっていうのが団体戦だったのですが、うちは男子、女子がすごく強いので、ポイントをどんどん稼いで来るので、どうしても10カ国に選ばれるんです。アイスダンスは世界レベルではないですが、なんとか数組いました。で、『ペアは』と言うと、本当にもう、ペアは環境もなかったし、一組もいなかったんです。唯一、高橋成美さんという、にぎやかな…みなさんご存じですか。ぺらぺらぺらと7カ国語をしゃべる、その高橋成美さんが海外のカナダ人の人と組んで、一組はいたんですけれども。国籍が無いので、一組もいないということで。」

 国別対抗戦ペア・ショートプログラムで6位の高橋、トラン組=2009年4月、国立代々木競技場

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